松前城に残る怒り(北海道) | 怖い話まとめ【日本全国47都道府県別】

松前城に残る怒り(北海道)

観光地として知られる松前城は、花見のシーズンには大勢の人で賑わう。

その一方、藩主の蛮行が発端となり家臣が殺された井戸や、アイヌ人の耳を削ぎ落として埋めた耳塚などが残る闇の深い場所でもある。

桑田さんは過去に数度、松前城を訪れたことがある。

いつもは時間の余裕がなく、城内をメインに観光していた。

初夏の頃、一度周辺も含めて徹底的に観光しようと、開園時間からM前城に行った。

展示物などもゆっくりと見直す。

造りの細部などまで目を凝らし、改めて城の魅力に取り憑かれていた。

一通り城の観光を終え、周辺を散策することにした。

心地よい風と日差しが桑田さんの心を癒してくれていた。

ふと裏手まで足を運ぶと、空気が変わったような気がした。

日差しの加減で実際に薄暗く感じられたのだろうが、視界に入る一本の樹に目が留まる。

周囲を木で囲い、杭には〈耳塚〉と記されていた。

全身にぞくりと悪寒が走る。

立て看板も近くにあり謂われが記されているのだろうが、それを読み取る余裕などない。

すぐにこの場を離れるべきだと本能が教えていた。

踵を返し、数歩進んだところで酷い眩暈に襲われた。

桑田さんはその場に崩れるようにしゃがみこんだ。

声とは違う、頭の中に響く感情が桑田さんの脳内を支配していく。

『ゆる……さない、ゆるさ……ない、ころし……てやる』

その感情に反応するように、桑田さんは謝罪の言葉を繰り返していた。

負の感情は増幅される一方で、感情は声に変換されて頭の中で反響しているかのようになっていった。

意識はどんどん薄れていく。

(もうダメだ……)

そう思った瞬間、少し楽になったような気がした。

早くこの場から離れようと一歩踏み出した桑田さんの眼前に、生首が浮かんでいた。

豊富な毛量の髭を蓄え、大きな目は見開かれている。

頬に伝う血は、耳からの出血であると想像できた。

『許さん!!』

言葉を発したのだろうか。

衝撃波のような風を受け、桑田さんは尻餅を突く。

そしてそのまま意識を失った。

気が付くと辺りの薄暗さは一層増しているように思えた。

咄嗟に耳塚に向かって謝罪の言葉を残し、その場から立ち去った。

帰りの車中、右頬を熱いものが伝わる感覚があった。

何げなしに手で拭うと、赤い色が見える。

すぐさま車を停め、ルームミラーで状態を確認する。

右耳から流れ続ける血は、桑田さんの衣服まで汚していた。

車内に置いてあったティッシュで血を拭き取り、出血場所を確認する。

状況的に右耳付け根の上部からの出血であったはずだが、拭き取ると傷口などは見当たらない。

勿論、痛みなども一切感じなかった。

念の為に病院へ駆け込むべきかと逡巡するが、どうしても耳塚のことが頭を過ぎる。

全てを気の所為、見間違いで済ませたい桑田さんは、そのまま自宅へと帰ることにした。

それから二日間は何事もなく過ぎた。

三日目の朝、目が覚めると枕が血まみれになっていた。

今度は左耳からの出血だったようで、耳の周辺や髪が赤く染まっていた。

シャワーで洗い流し、状態の確認をするがやはり異常は見当たらない。

あちこちを触ってみるが、痛みなども残っていない。

(俺が一体、何したってんだよ……)

気持ちは酷く落ち込んだ。

その日を境に、たびたび耳からの出血を経験するようになる。

痛みを伴わないので、頬に熱いものを感じて気付くか、職場の人や取引先に指摘されることが多かった。

最初は心配されていたが、頻度が増すと距離を置かれるようになっていく。

上司からも医療機関で診察を受けるように勧められた。

原因が耳塚にあることは想像に難くない。

ただ、対処の方法が分からない。

再度訪れて謝罪で事が済めば問題ないが、悪化する可能性もあった。

桑田さんはそれが恐ろしく思え、何とかやり過ごすことを望んでいた。

関わりたくないという思いと裏腹に、ある程度のことを把握しておきたくなった桑田さんは、耳塚のことを調べ上げる。

そこでシャクシャインの戦いのことを知った。

謀殺され、磔にされた歴史があったこと。

首謀者扱いされた仲間の耳まで削ぎ落とされたこと。

その無念さを考えると、自然と涙が零れた。

……あのとき、耳塚で見た生首はシャクシャインのものだったのだろうか。

確認する術はないが、何となくそうだと思ったという。

その日から不思議と耳からの出血がピタリと止んだ。

仕事にも支障がなくなり、元の生活を取り戻した──ように思えた。

半年程が過ぎたある日の朝、桑田さんは激痛で飛び起きた。

咄嗟に手が反応し、右耳を押さえていた。

熱を伴った痛みに嫌な予感が走る。

したたり落ちる血の量も、これまでとは比べ物にならない。

真っすぐ洗面所に走り、鏡を覗き込んだ。

右耳の上部付け根が少しだけ裂けており、そこから血が溢れ出していた。

慌ててタオルで押さえつけて止血しながら、病院へと駆け込んだ。

処置を受け、右耳はガーゼで覆われた。

定時から遅れ出社すると、上司に部署移動の話を持ち掛けられた。

営業から倉庫整理への移動である。

このような状況では仕事に支障を来きたす。

取引先にも何かの病気ということで不信感を抱かせかねない。

会社側の言い分はもっともであった。

桑田さんとしては自分の状況を話したい気持ちもあったが、当然理解されるはずもない。

渋々、黙って提案を受け入れた。

早速、翌日から倉庫整理の担当となった。

通常ならば引き継ぎや書類整理などの業務が残っているのだが、それすらさせてもらえないのだ。

会社側から腫れもの扱いをされていたことを痛感する。

倉庫整理は実に暇な仕事であった。

先の担当もいることから人手は十分に足りている。

慣れないフォークリフトの運転をする以外は、時間を持て余した。

そんな業務の最中、やはり耳が切れることが増えていった。

右耳だけの日もあれば、両耳の日もある。

その都度病院へ駆け込む訳にもいかず、自ら応急処置をしてやり過ごす日々が続いた。

今度会社に問題扱いされたら首になる。

桑田さんは精神的に追い詰められていった。

部署移動から三カ月程が過ぎたが、状況は変わらなかった。

何度も切れた耳上部の付け根は、五ミリほどの切れ目ができていた。

一見すると何でもないが、耳を引っ張ってみるとよく分かる。

いつか耳を失うのではないか。

そんな漠然とした不安を常に抱えるようになっていた。

そんな矢先に事故が起きる。

フォークリフトで荷物を整理していた際、積み上げた箱が崩れ落ちてきた。

桑田さんはフォークリフトとともに、在庫品の下敷きになった。

意識を失い、右耳は半分千切れた状態で病院へ搬送された。

「あのときは、ミスった訳じゃないんですよ」

フォークリフトで荷物を積み上げたとき、急に視界に生首が入った。

忘れもしないあのアイヌ人の顔が、にぃーっと口角を上げた。

その瞬間、荷物は崩れ落ち、意識は薄れていった。

『ま……だ……まだ……』

そう聞こえたような気がするが記憶は曖昧である。

結局、その事故で桑田さんは一カ月の入院生活を余儀なくされた。

労災扱いされ費用などは問題なかったが、退院して程なく馘くびを言い渡された。

現在は再就職も儘ままならず、バイトを掛け持ちして生計を立てている。

「それからの変化と言ったら、生首の数が増えたことですかね」

時間や場所を問わず、生首は現れる。

その数は三つに増えていた。

現れた直後には何もなくても、耳が切られている。

その所為で幾つもバイトを変えた。

両耳には絶えずガーゼが当てがわれる状態になった。

「もういっそのこと、耳塚の前でこの耳を切り落として、投げつけてやろうかとも思っているんですよ」

桑田さんの苦悩は今も続いている。